「あなたの心に…」
第3部
「アスカの恋 怒涛編」
Act.47 迷いの館のアスカ
美味しい料理。
それに、なんと、生楽団が部屋…じゃないわね。広間、しかも大広間…ホールの一角で演奏している。
とんでもない世界だった。
床も壁も天井も、装飾品から家具に到るまで、高価なことが一目瞭然。
私とヒカリは茫然としていた。
男二人は胃袋を中心に世界が動いているらしく、一心不乱に食べ物を漁っている。
はっきり言って、かなり見苦しい。
と思ったけど、ヒカリの一言であいつらもそれなりに気を使ってることがわかったの。
「アスカ、鈴原たち無理矢理に急いで食べてるみたいね」
「育ちが知れるわ…」
「でもね、あの二人があれだけ騒ぎながら食べてなかったら、場が暗くなるわよ」
それはそうだ。
シンジとレイは二人の世界。
並んで座って小声で話している。
私とヒカリは圧倒されて、食べることもできない。
これであの二人まで借りてきた猫になっていたとしたら…。
ただでさえ、ホールの広さの割に少ない人数でがらんとした印象なんだもん。
寒寒としたパーティーになっていたでしょうね。
それで、冬月さんがあの二人の方を暖かそうな視線で見ているのね。
仕方がない。
この私も育ちの悪さをひけらかす事にしようか!
「行くわよ、ヒカリ!」
「そうね、鈴原たちだけにさせておくの可哀相だし」
「ふふふ、無理に複数形にすることないわよ。ヒカリが心配しているのは、恋しいジャージマンだけだもんね」
「アスカっ!」
ははは、狙い通りに、ヒカリが大声を上げたわ。
鈴原とメガネが手と口の動きを止めて、突っ立っているヒカリを見ている。
シンジとレイも同様。
さすがに楽団の人たちは演奏を途切れさせずに続けている。う〜ん、プロフェッショナル!
もう引っ込みがつかないヒカリは、レイに向かってニッコリと微笑んだ。
「アスカったら、凄く美味しいって。お持ち帰りしてもいいかって私に訊くのよ」
げっ!
ヒカリの逆襲!
な、なんてことを!
ああ!レイが私を見て、笑ってるじゃない。
「じゃ、冬月さん。用意を…」
「はい、わかりました」
「あの…」
一礼して下がろうとする、冬月さんをヒカリが呼び止めた。
「はい、何か?」
「あの…私にもお願いします!」
ペコリとヒカリが頭を下げた。
「あ、わいにも頼みますわ。妹に食べさせてやりたいさかいに。お願いします!」
「俺、いや、僕にもお願いします!」
鈴原たちが大仰に手を合わせて、冬月さんにお願いしている。
冬月さんが、初めて楽しそうに笑った。
「承りました。みなさん」
もう!私をだしにするなんて…って、まあいいか。
場が一気に明るくなったもんね。
さあて、では食べますか!
でもさ…お食事会じゃないわよね、今日は。
シンジの誕生日。
何か変なの。ただ喋りながら、食べてるだけって。
あ…!
曲が『Fly Me To The Moon』に替わった。
やっぱり、いい曲よね。
うげえっ!
レイがシンジの手を引っ張って…ホールの真中へ。
あれって…そうよね、この状況じゃ…。
うぇ〜ん、こんなの見せ付けられちゃうのぉ?
シンジは真っ赤な顔をして、レイの肩に手を置いた。
そして、二人はゆっくりと踊りだす。
うわ〜ん!目の前であんなの…私も踊りたいよぉっ!
って、どんなに願っても無理か…。
「アスカ、涎」
「ありがと、ヒカリ…。って!涎なんか流してないわよ」
「でも、羨ましそう。アスカも踊りたいんでしょ」
「そりゃあ、ね。ま、仕方ないわ。今日は見せ付けられるとしますか」
血の涙を流しながら、私は強がりを言う。
多分、ヒカリにはしっかり見抜かれていると思うけどね。
さあ、そんなヒカリにはいいプレゼントをあげましょうか。
私は両手にフォークを持っている鈴原に声をかけた。
まったくもう、フォークとナイフとかだったらいいのに、どうして両手にフォークなのよこいつは。
こんなののどこがいいんだか、ホントにヒカリの心ってわかんないわ。
でもまぁ、それでもこいつにラブラブなんだから仕方ないか。
「ちょっと鈴原。アンタ、ヒカリと踊りなさいよ」
「ふえっ?」
鈴原は私の問い掛けの内容がすぐにわからなかったみたい。
そのうちに、顔が真っ赤になってきたわ。
「そ、そ、そんな、踊りやなんて、わし盆踊りくらいしか踊られへんわい」
ヒカリの方を全く見ることができずに、鈴原はそっぽを向いて言う。
ははは、照れてんの。
「や、やめてよ、アスカ」
こっちも顔は真っ赤っか。
いいわよねぇ、お互いに好きなんだから。
早くくっついちゃえばいいのに。
素直じゃないわね、二人とも…って、それは私も…か。
でも、このままじゃいつまでたっても踊らないわよね。じゃ、もう一押し。
「ふ〜ん、そっか、鈴原は踊らないんだ。
じゃ、メガネ。アンタがヒカリと踊りなさい」
「俺?」
メガネ…えっと、名前何だっけ、まあいいわ。メガネで充分よ。
「そう。アンタが踊るのよ」
「俺も踊れないぜ」
「何言ってんのよ、ただ抱き合って身体を横揺れさせてたらいいだけ!さ、すぐ動く!」
鈴原の顔が少し青ざめている。
そして、両手のフォークをテーブルに叩きつけるように置いた。
「しゃあないな、踊ればええんやろ、踊れば」
ふふふ、単純なヤツ。ちょっとジェラシーさせたら、これだもんね。
「なぁんだ、踊るのか。じゃ、ヒカリ、踊ってあげなさいよ」
「アスカ…、私…」
「はいはい、アンタも踊れないって言うんでしょ。さっき言ったように身体揺すってるだけでいいの」
「でも…」
もじもじしてるヒカリ。
これはこれで可愛いんだけど、今はそういう時じゃない。
「うじうじしてるんだったら、私が踊るわよ」
「ダメぇっ!」
ヒカリが立ち上がった。
「はい、立ったなら、その足であのジャージマンのところに行く」
「アスカ…」
「さっさとする」
私は手をひらひらさせたわ。
二人はゆっくりと歩み寄っていく。
もう、さっさとしてくれる?
曲は終わりはしないだろうけど…そこはプロだから状況を把握してるもんね。
見ていてイライラするのよ。
私は席を外すことにしたわ。
人の恋路を見物していても楽しいわけないし、さっきからメガネのやつがもの欲しそうな顔をして私の方をチラチラ見てるのよ。
あぶれ者同士で踊ってほしいわけね。
ご愁傷様。アンタじゃなくて、たとえカッコいい背の高い二枚目の王子様であっても、私は踊りません。
私の王子様は…シンジだけなんだから…。
廊下に出て、私はとりあえずお手洗いを目指した。
勝手はわからないし、うろうろしてるのも不恰好だしね。
かと言って、廊下にトイレの順路が表示しているわけないから、ゆっくりと散策しながら探すことにしたの。
ホントに大きな屋敷。
あの娘…、こんなところに一人で住んでるんだ。
いくら召使の人たちがいるっていっても、寂しいだろうなぁ…。
私は狭いマンションで親子3人(プラス幽霊1人…じゃない、1霊)でワイワイ暮らしている、自分の生活が幸福だと感じていた。
お金があっても、一人じゃ寂しいよ…。
だから、レイはあんなにシンジのことを…。
ああああああっ!ダメ、ダメ!
同情したらダメじゃない!レイはライバルなのよ!
私の悪い癖が出てきたわ。
どうして、あのレイのことを憎みきれないんだろ?
不思議…。
一人の男を張り合ってるっていうのに…。
しかも、その大好きな男性はあっちと付き合っているというのに…。
どうして、憎めないんだろ?
わかんないわ、全然。
堂堂巡りの考えに陥った私は、おまけに道にも迷ってしまったの。
どうしてこんなに廊下が長くて、同じような扉ばっかりなのよ!
まるでこれじゃホテルじゃない!
ううん、ホテルの方がマシよ!
扉に番号が入ってるもん。
レイってどこがどの部屋なのか、わかってるの?
それって凄いんじゃない?
私、このまま迷子で餓死…するわけないと…思うけど…断言できる自信がない。
ええ〜い、扉開けちゃえっ!
空き部屋…。
私の家がごっそり入りそうな、空き部屋。
何よ、これは!
今の空き部屋には私は頭に来たわ!
有効活用しなさいよ!
あんな部屋があったら…………、何に使えばいいんだろう?
卓球室とか、ビリヤードルーム?
なんか、無駄な感じ…。
そんなの家になくても楽しく生活できるもん。
ママがいて、パパがいて、お馬鹿な幽霊の妹がいて…、ついでにシンジもいてくれたらなぁ。
それだったら6畳一間でも…、いやそれはちょっとそんなに家族がいたら狭過ぎね。
でも、シンジと二人だけなら、“神田川”でもいいわよ。
4畳半でも3畳でもシンジと一緒なら私には文句ないわ。
二人で肩寄せあって生きるの。
うぅ〜ん、いいわよねぇ。
はぁ…。
私、このミステリーゾーンから脱出できるの?
こうなりゃ自棄よ。ぜ〜んぶ開けてやる!
はぁ、はぁ、はぁ…。
貧富の差って、こういうことなのね。
ホント、疲れたわ。
あ…、この部屋…。
高そうなピアノが真中に置いてある。
私は吸い寄せられるように、そのピアノの前に立った。
レイのピアノ?
あの娘、ピアノ弾くんだ…。
ふ〜ん、あの娘がピアノで、シンジがチェロか…。
いいわよねぇ、楽器が弾けるのは。
私が自信をもって弾けるのは…、カスタネットとかトライアングル…。
そんなのとチェロは合奏できないわよねぇ。
シンジのチェロって好きなのよね。優しくて。
恥ずかしがって、そんなに弾いてくれなかったけど。
きっと、ここで合奏してるんだろうな。
シンジとレイ。
雰囲気だけじゃなくて、趣味も合ってるんだ。
私が…私がレイに勝っている事ってあるんだろうか?
ああっ!ダメダメ!
ど〜して、こんなマイナス志向になっちゃうの?
あれ?あそこに…。
壁に楽譜専用の書架があって、その棚に写真立てが置かれていた。
あれは…シンジのママ…じゃないの?
私は少しショックを受けた。
そうか…ママの写真を飾ってるくらい、二人の仲は進んでるんだ。
私は書架の方へ歩きかけた。
その時、咳払いが聞こえた。
扉のところに、冬月さんが立っている。
まさか泥棒してるとは思いはしないでしょうけど、私は真っ赤になっちゃった。
無断で部屋に入ってるんだもん。
「お迷いになりましたか?」
冬月さんは微笑みながら声をかけてくれた。
私はこくんと頷いた。
何か喋ると言い訳に聞こえそうだったから。
「では、どうぞ。ご案内いたします」
軽く会釈する冬月さんに私は従った。
部屋を出るとき、私はもう一度中を見た。
「ここで…」
「はい。こちらの部屋でレイ様とシンジ様は仲良く合奏されています」
私はやっとの思いで声を出した。
「そ、そう…ですか…」
「はい」
廊下に出た私に、部屋の扉を閉めた冬月さんが奇妙なことを言ったの。
「惣流様」
「はい」
「シンジ様のこと、よろしくお願いします」
そう言って深く頭を下げるの。
これってどういうこと?
どういう意味なの?
隣人としてしっかり見守れってことなのかしら?
それにしては頭の下げ方が丁寧すぎるような気がするけど…。
冬月さんの後を歩きながら、私の頭は回答不能な問題を与えられてオーバーヒート寸前だった。
Act.47 迷いの館のアスカ ―終―
<あとがき>
こんにちは、ジュンです。
第47話です。
『シンジのバースデイパーティー』編中編になります。
さすがにLASなジュンとしては、いくら余り物同士であってもアスカ様をケンスケと踊らせるわけには行きません。ええ、絶対にそんなことはできませんとも。